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"The Art of Fiddle Making" John BroadhouseからVarnish

"The Art of Fiddle Making" John Broadhouse

Varnish
ニスを塗る前に、あなたのヴァイオリンを慎重に見て、荒い場所、膠が完全に掃除されていないか、ニスが入ってから修理できない不具合を慎重に見てください。
冷たい水の中にきれいなスポンジを浸し、表面全体を湿らせて水を絞って、再び磨きます。
1インチ幅のフラットな新しいラクダ毛またはセーブル毛のブラシを入手し、少量のニスを古いティーカップに注ぎます。
あなたのブラシを浸し、木に触れる前にできるだけ多くのニスを塗ります。各場所の上に1つずつ上下に一定のストロークで塗ります。あなたが最初にそれを作るようにされているように、あなたのヴァイオリンの表面を完全に均一にするのは難しいです。松や楓の断片で練習してみると、筆跡のない完璧な表面を得ることができます。
さて、ニスを自作?。あなたは既に出来たものを購入する方が良いでしょう。
もしあなたが自分で家を建てていたら、あなたは硝子を買い、決して硝子を作ろうとはしません。だから、ニスを買います。
あなたは良いフィドル・ニスを次の人々からお金で買うことができます。
Messrs. C. & W. Caffyn, 30, Chaplin Road, Willesden,London, N.
Messrs. Haynes & Co., Ltd., 14, Gray's Inn Road,London, W.C.
Mr. James Whitelaw, 496, St. George's Road, Glasgow.(註)
あなた自身のニスを作ろうとするならば、まずあなた自身の人生を守り、すべての家具を倉庫に入れ、あなたの妻と子供たち(もしいれば)を1マイル以上離れた友人に送りなさい。この本は、あなたへのアドバイスの付いた証明書を添えて、ニスを作って色付けするための処方をあなたに送付します。
ニス作りは、不慣れなアマチュアのための危険なゲームです。何年も前に実験の段階を経た人が作ったニスを買うべきではありません。
上に挙げたリストのメーカーのどれかは、本当に上質な材料で、そして適度な価格でそれを完全にうまくやるでしょう。あなたが自分でそれをやろうとするならば、不細工になりあなた行ったすべての仕事は、仕上がりで悪い表面になり、台無しになります。

註)Caffyn商会御中。Haynes & Co. Ltd御中。James Whitelawさん、これらは本の冒頭の4ページの広告中に出てきます。Caffyn商会は琥珀ニス(Pure Amber Varnish)をヴァイオリン用としています。James Whitelawさんもクレモナ・琥珀ニスとしています。

この本は1894年の発行でヴァイオリン製作に関する本ですが、この本は改訂され"How to make a violin"として1892年に先に発行されています。著者John Broadhouseは1810-1880年とされています。ヴァイオリン製作としては特に面白い本ではありませんが、最後のニスに関する記述が面白かったので紹介します。
この時代は琥珀ニスの全盛期で、マルタンニスなどの製品が、馬車(後に自動車)柱時計、暖炉、本棚、椅子、テーブル、銃床など様々な用途で使用されました。ニスの生産は大がかりな工場で近代化されたアレンビック装置で製造されました。個人で作るとオープンで作ることになるので、火災の危険があります。それゆえ、自作を禁じる内容になりました。しかし後の著書"How to make a violin"はボナーニ、ピエモンテ、ザーン、フィオラバンチなどの技術について述べています。昔のオイルニスへの興味はあったのだと思います。

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アロエの下地塗料

アロエの下地塗料
Filippo Bonanni "Trattato sopra la vernice detta comunemente cinese"第5章.
"Delle Vernici di color d'oro" 金色のヴァーニッシュを紹介しましたが、その後の出版で以下のものがあります。
Angelo Maria Alberto Guidottiの"Nouvo Trattado di Qualfivoglia forte di Vernici Comunemente dette Della China"1764ではアロエ砂糖漬けとヴェネチアテレピンの塗料があります。
Giuseppe Galeazzi 1783 "Trattato di miniatura Per imparare facilmente a dipingere senza Maestro" 「教師なしで簡単にミニアチュール塗料を学ぶため論文」ではアロエ硝石を反応させアルコール溶液として「金色」の塗料としています。
還元アロエのアルコール溶液は、黄褐色ですが、蛍光はオレンジ色です。
これは下地としては、都合の良い色です。
これらはその前の時代の錬金術の中でもこの金色の塗料の話は出てきます。というよりは、それらの仕事の成果の一部です。
Jabir ibn Hayyan "Kitab al-Kimya"化学の書Alchemiの語源はchemiつまり「化学」でアラビア語の"Kimya"ですが、意味は植物からしみ出す抽出のことらしいです。alambraの装置も錬金術では頻繁に出てきます。
硝石(nitre硝酸カリウム)皓礬(ヴィトリオールVitriol硫酸亜鉛)明礬(アルムAlum硫酸アルミニウム)は天然に存在し、何か溶液に添加すると色が変わったり、顔料となったりするので、古くからいろいろ試されてきました。アロエ-硝石とアロエ-蔗糖の実験というのは酸化還元の変化の結果です。


Jabir ibn Hayyan "Kitab al-Kimya"化学の書
アブー・ムーサー・ジャービル・イブン・ハイヤーン(Abu Mūsā Jābir b. Hayyān)
 (721-815)アッバス朝ペルシャ(現イラン)の科学者、別名Geberus, Geber,
Kitabは書。 al-Kimya はChemieの語源Al-Chemieつまり「化学」


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ボナーニの金色のヴァーニッシュ

Trattato sopra la vernice detta comunemente cinese
一般的にチャイナと呼ばれる塗料を超える論文
FILIPPO BONANNI
第5章.
"Delle Vernici di color d`oro" 金色のヴァーニッシュ
私たちは、さまざまな塗料の手法を持っていますが、これらのすべては、樹脂とアルコールで作られています。ちょうど銀色のものを金に似た色で被覆するのと同じジャンルとして、いくつか同じような記載があります。
これは、いくつかの方法で構成され、それぞれの違いを選ぶことができます。鍛造した金と同じくらい最上の品位で、または粉末に粉砕すると多くの場合別の色になります。また、これはまた様々なコインに見ることができます。したがって、それを行う1つの方法は次のような塗料です。
ベンゾエ1/4、マスティック1、サンダラック1/2、これらすべてを粉末にし、アルコールを入れる前にマスティックを火で加熱し準備します。(註1)サンダラックが溶解してから残りの部を投入します。それにOlio D'Aabezzo(註2)を8部、及びアロエエッセンス3部を追加されます。これを見て銀色を帯びた色が付いていれば次の操作をします。その他Belzuino(Benzoe)をよく使用し、アロエ粉末、少しサフランを添加することによって、それはすべてのブランデーに溶解して数回重ねて乾燥させることにより、銀細工の作品の保護ヴァーニッシュとなります。
私の友人で化学者のTedeseoよって証明された別の組成物をもうひとつの方法で作られました。それは黄色の琥珀2オンスを銅鍋で加熱して、それを溶融します。熱い台上の2-3日間テレビン油で溶かし、時々振り混ぜます。金の美しい色に染められた溶液となります。(銀の上で乾燥します。)
また、シェラック1オンスについて以下の組成となります。アロエ砂糖漬け粉末の2ドラム(註3)、テレピン8オンス(註4)、粉砂糖1ポンドを混合し篩を通し使用するまで保存します。
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(註1)マスティックは鉄プレートの上で一度融かして、熱処理します。こうしてアルコールへの溶解性が良くなります。これをマスティック涙(Tear)と呼びます。
(註2)ヴェネチア・テレピンと同じようなテレピンですが、実態は伝わってません。
(註3)"Aloè succotrino"2ドラム=1/8オンス
(註4)内容からするとヴェネチア・テレピンのようなバルサム質。原文は"Olio di Trementina"テレピンオイルですが、gomma lacaシェラックを使用する以上、テレピン油には溶けませんし、最初にアルコール性であることを明記してあります。
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Bonanniの琥珀ニスを作るための装置

F.Bonanniの琥珀ニスを作るための装置
以下、神父ジョバンニ・ザーンの論文に引用された他の処方165では亜麻仁油8オンス、と琥珀4オンスを火で溶融すると優れた塗料となると云いましたが、どうして他の方法を使用しなかったのかですが、実は琥珀はオイルに溶けません。実際に試験を行わずに書いたのでしょう。というわけで処方165の別の方法を提起します。
それはエルビポリに住んでいる彫刻家から、私はこの著者を読む前1695年に有名なメダルの彫刻家Ferdinando氏から教えられたことを学びました。
彼はローマに滞在していたとき、その時数ヶ月滞在したドイツ人が彼の家で自身で同じように琥珀を液化して見せました。すべての樹脂の間で液体を得るために最も困難なコーパルとオイルを結合できる方法を教えてくれました。
彼は、うまくラテン語的に翻訳し言いました。
図に示されているように最初に一漏斗形状の銅容器A B C Dを有していなければなりません。A.Bは蓋を閉めることができます。E.Tには穴があいています。この瓶にランニングしていない琥珀を置きます。
容器A.B部はしっかり固定して、全く開口部が無いような銅、又は鉄のI. K.のプレート上に装着されなければなりません。
容器A.B.C.D.と共に、このプレートは、8オンスの亜麻仁油を入れた他の容器のL.M.の上にを置かれなければなりません。A.B.C.D容器内には琥珀4オンスを入れます。
このL.M.陶製容器内部で石炭により油はゆっくり沸騰し、そしてE.F.底部の穴から液化した琥珀が油槽L. M.に入り、容器A. B. C. D.の琥珀は液化します。
そして、でそれが完成すると、あなたはすべての色の絵画をカバーし、金色の素晴らしい塗料が白い背景の上に残ります。それは後にそれが最も美しい輝きを保つためにゆっくり乾燥させます。
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註)Johann Zahn(1641.3.29-1707.6.27)ドイツの聖職者で学者。いろいろな著書がある。
Zahnの現存する著書にこの図があるかは、まだ見つけていません。
Fillippo Bonanniも後に同じ図を解説しているGenaro CantelliもZahnは実際には琥珀ニスを作ったことがないとしています。琥珀ニスを作るということはこの装置"lambico","alembic"を作ることに等しいということなのですが、いろいろ欠点があります。ランニングしてから亜麻仁油に溶かして作る方法がベストなのですが、実は琥珀のランニング自体が難しく、液相で温度をかけて作るしかないという結論なのです。
この装置では、液体化した琥珀が徐々に融けて、沸騰した亜麻仁油中(約260-300℃)で再びランニングされるという方法です。時間もかかると思います。しかし直に400℃以上に加熱すると炭化します。オープンな釜では燃え尽きてしまいます。この時代はこれが主流でした。後にフランスのティングリーが近代装置化しています。

これはGenaro Cantelliの引用した図ですが、中のふるいの"E"はFの誤りです。

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亜硝酸ナトリウム処理と蛍光

亜硝酸ナトリウム処理と蛍光
試料板はペルナンブーコを塗装して、その上に亜硝酸ナトリウム10%水溶液を塗布、これを24時間UVブラックライトで照射しました。その上にヴァイオリンヴァーニッシュ・コロホニウム ライトブラウンを塗布して、UVブラックライトで硬化しました。
まず分かることは、亜硝酸ナトリウムの着色はある程度効果がありますが、蛍光は暗くなります。ペルナンブーコは赤というよりは黄色ですが、蛍光はあまり暗くなりません。
そして、この上にヴァイオリンヴァーニッシュ・コロホニウム ライトブラウンを塗装すると、蛍光は明るくなります。下地には影響されないようです。当然最終的には上に塗布したものの蛍光の強さで決まってしまいます。
問題はこの方法が16-17世紀にあったのかということですが、たぶん行われてはいません。硫酸、硝酸、塩酸などの基本的な試薬は500-700年の錬金術時代に完成されていたようです。すると硝酸ナトリウムは製造可能です。少し工夫すると亜硝酸ナトリウムも可能です。しかし、ヴァイオリンに使用されたという記述は一切ありません。
これは単なる実験として報告します。

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Nouvo Trattado di Qualsivoglia sorte di Vernici Comunemente dette della China

Nouvo Trattado di Qualsivoglia sorte di Vernici Comunemente dette della China
一般的にチャイナと呼ばれるあらゆる種類の塗料の新論文
Angelo Maria Alberto Guidotti  1764年イタリア
この一文を紹介します。

この塗料は一般的に"Vernice di Ambra"アンバー塗料と呼ばれてはいますが、その組成にはアンバー、または同じもの"Carabe"は入りません。しかし、トルコ人は輝きを求めています。琥珀にの類似した光沢を持つので"Vernice Turchesca pel grand"トルコ・ペルグランと呼ばれ、彼らはそれを作りました。
これは、加熱した油でほとんどできていて、グリークピッチ3部とで構成され、塊が溶けるるまでゆっくりと沸騰します。その状態に達したとき、それはできあがっています。

別の塗料。
亜麻仁油を1部、グリークピッチ2部を加熱します。パイン油(テレピン油)1/2。
上記のようにワンポットで一緒にすべてを加熱します。

ペルシャまたはアラブの塗料
サンダラック粉末3オンス。乾性油を1オンス。
油を沸騰させ煮てください。サンダラックが発泡しながら、それが徐々に泡が消えるまで、常に処理しながら粉砕粉を投入します。

もう一つの他の著者
テレピン油2オンス、透明なテレピン(ヴェネチア・テレピン)1オンス、サンダラック粉1/2ドラム(1/16オンス)。
熱い油で溶解するために、テレピン油の中に投入します。安全に溶解し、粉状サンダラックを溶融した塊と混合し、コーラを投入します。(註1)
金の塗料
テレピン油8 オンス、アロエ・スコトリーノ2ドラム(1/4オンス)、シュガーアップ(アロエの砂糖漬け)1オンスを次の操作をします。(註2)
アロエの砂糖漬けは軽く叩いておきます。最初の熱い油に注ぎこみ、その後アロエを取り除きます。その後、砂糖を加えます。
フランスで実施されている美しいペイント、
シェラック2オンス、黄色のカラーベすなわちアンバー2オンス、ガッティガム2オンス、粒状ドラゴンブラッド50粒、サフラン粉末1/2ドラム(1/16オンス)を14オンスのアルコールに溶かします。


註1)コーラは赤い実でMagister社のKoen Padding氏も使っていたようです。ただし、麻薬性があるので輸入できません。コカの実とコーラの実が由来はありますが、現在のコカコーラは当然これらを使用していはいません。

註2)蔗糖は還元剤です。オイルニスに添加して加熱すると、赤くなります。しかし粘度が上がるので注意が必要です。


最初の「別の塗料」でのグリークピッチのニスの製法は、ショートニスです。この著書の成立は1764年ですので、ボナーニの引用です。しかし処方はだいぶ違いがあります。
Filippo Bonanni,Genaro Cantelliとまた同じ図解が出てきます。(後にTingryも使用しています。)

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Tratado de Barnizes,y Charoles,en que se da mode Genaro Cantelli

Tratado de Barnizes,y Charoles,en que se da mode  Genaro Cantelli
パテントレザーに改良されたヴァーニッシュの論文
ジェナロ・カンテッリ1755年 スペイン
この本は重要性としては見逃しがちな著書かもしれません。絵画論でもなくヴァイオリンニスの内容でもないからです。「パテントレザー」とは当時皮製品に塗料を施し、「チャイナ」「ジャパニング」のような陶器面、漆面のようなエナメルの光沢が流行りました。
これをパテントレザーと言うそうです。
内容としてはボナーニの図が出て来ますので、この辺の塗料論を踏襲しています。ボナーニの1600年後期から1750年始めは、塗料の製法が確立して産業化したころで、文献量も豊富です。これ以前は「錬金術・化学」の時代でいろいろな試験がなされていました。
この本のオイルニスは基本的に琥珀:亜麻仁油が1:1のベースを琥珀ニスとして、「琥珀ニス、亜麻仁油、テレピン油」を1:1:1に混合して実用塗料とします。ロングニス処方です。もうこの時代はアレンビック蒸留器が広く使用されていて、蒸留亜麻仁油やテレピン油、「ブランデー」「リカー」「ワイン」の意味で書かれたエタノール(スピリッツ)が揃っていました。
アルマシガalmasiga(マスティック)、ユダヤ瀝青、グリークピッチなどが添加されますが、アラビアのラック"goma Laca Arábiga"という語はオイルニスに添加する素材としてはシェラックでもアラビアガムでもなさそうです。
スペイン語で書かれていますが、ガリシア語なのか俗ラテン語なのか、不明単語が頻繁に混ざっていますので訳しづらいところです。

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