So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

オイルニス製品のペーパークロマトグラフィー(2)

オイルニス製品のペーパークロマトグラフィー
Magister社の製品は基本的にはサンダラック/ウォルナット油の40:60をベースにしています。マローネ(茶色)とグラッサ(琥珀)は琥珀系らしいです。黄色から赤系は、強いオレンジのレーキを使用しているようです。これはたぶんマダーの錫レーキ(Violin Varnish:Koen Paddingの本の表紙のLacca Rubioという顔料)であると思いますが、染料も併用していると考えています。それはComune以外のカラーニスには青白い蛍光性ピークではなくて、オレンジ色の蛍光を持つピークがあるからです。
これに準じて、ヴァイオリンヴァーニッシュ・グランド(サンダラック・ウォルナット油)のベースにマイケルマン・レーキを入れたニスを作ってみました。顔料のピークは原点から移動しません。レーキを置き去りにして、ビヒクルだけが展開します。
この性質を考えるとMagister社の製品は、染料または染められたビヒクルの可能性が高いということになります。しかし、今のところですが、実際には蛍光の明るい染料はほとんど見つかっていません。
展開溶媒(移動相)をエタノールに変えると分離の違いが見られます。
α-ピネン/エタノール比を90:10と70:30でも同じ試料を展開してみます。
移動比RfはComuneとCremoneseでは逆の傾きになります。これも謎です。
可能性としてはサンダラック/ウォルナットをベースにしていないことがあります。
それ以外となりますと、アンバーかコロホニウムです。
Varnish:Koen Paddingの本の内容からKoen Padding氏は自らはサンダラックのランニングは行っていなかったようです。大量にあるメーカーに依頼していたようです。遺品として残されたマテリアルの中に、ランニングしたコロホニウムが無かったので、するとコロホニウムの線は消えます。
chromato10.jpg
chromato-chart.jpg

オイルニス製品のペーパークロマトグラフィー

オイルニス製品のペーパークロマトグラフィー
ストラディヴァリのニスの分析の論文をやや長く掲載しましたが、「それが何であるか知りたい。」という欲求で、機器分析を行ってもそれは既に紫外線により硬化した塗膜の分析となります。ストラディヴァリのニスの謎ですが、Magisterの故Koen Padding氏のニスも、これまた謎のニスであります。
ストラディヴァリのニスとMagisterの再現もまた同じ価値を持ちます。
「人が作ったものは人により再現可能である。」これは私の考えです。
Koen Padding氏のニスが「永遠に失われた」わけではありません。
私はKoenさんのニスがストラディヴァリのニスと無関係であるのか、関係があるのかを疑問に思ってきました。ある方から頂いたMagister社の製品の一部を、自社の開発(古典復元)製品と比較する試験をしていました。一部を紹介します。
ペーパークロマトグラフィーは簡単で誰にでも気軽にできます。
フィーザーの化学実験 英語版第3版(日本語版 第2版)に従った方法で行いました。固定相となる濾紙はNo.1ですが、できればNo.51Bを使用します。
シリカゲルをガラス板に固定した、薄層クロマトもできますが、実験費がかかります。
何度でも失敗できる紙のクロマトグラフィーで、大体の当たりをつけることができます。
使用する溶媒は幾つかのパターンがあります。エタノール、エーデル、ベンゼン、リグロイン、クロロホルムなど低沸点溶剤を使用します。速く乾かないとピークがまた滲んで不明瞭になります。この点でαピネン(テレピン油の主成分)はあまり良い選択とは言えませんがまずはここから始めます。
fieser01.jpg
原点は出発点です。最初に試料を点で塗布します。ガラスキャピラリー(細管)で滴下します。溶媒に底を浸して、時間が経つと展開してきます。ピークが分離してきます。
溶媒が上がった最高点がRf移動比の100の点です。終点です。ピークは終点に対し、何%移動したかを測定します。ピークがプロードで広がってしまうのは、0点の試料の濃度が濃すぎるのと、固定相があまり良くないからです。Rfが100というのはピークが全部上がりきってしまった状態です。試料がこの溶媒に溶け易くて、この測定は失敗です。
溶媒をもう少し溶けにくいように、溶けない溶剤とブレンドして調整します。
chromato-table1.jpg
まず、最初のチャートの意味ですが、オイルニスのビヒクル部分、つまり染料も顔料も入らないベースのピークは0-100間を移動します。Amber,colophonium,sandarcをベースにした製品とMagisterまComuneが相当します。ここで顔料は粉体ですので0点からは移動しません。染料は移動します。マイケルマンレーキのような顔料でも有機溶剤に溶けるレーキは移動します。この違いがあります。
原点に"Colored fragment"とあるのは、原点から動かないピークがあるとうことです。即ち顔料です。Doratura Cremoneseは Doraturaと呼ぶ色材とCremoneseと呼ぶ色材を足したものと解釈しています。ピークは二つと原点の3つに存在します。このピークのどれもが色が付いていて、サンダラック/胡桃油ベースの蛍光色と一致しません。
アンバーとコロホニウムはオレンジ色の蛍光、サンダラックは青白色の蛍光です。
ここはいろいろと調査の意味がありそうです。
chromato14.jpg


ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー 感想

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー 感想
ストラディヴァリのヴァイオリンニスの秘密は、レシピにはないというのが結論でした。
人は私に「レシピを教えてください。」とよく尋ねます。私はこのレシピという言葉がとても嫌でたまりません。あまりにも技術者の苦労に釣り合っていません。
ストラディヴァリの使用したオイルニスの処方は松脂と亜麻仁油です。それも1:1のとても単純なものです。
単にコロホニウムと亜麻仁油だけしかないというのは、かえって秘密を知ろうとした分析者を混乱させました。パーツが二つしかないわけですから、片方の亜麻仁油をどう変化させても乾性油です。問題はコロホニウムの方にあると考えるのが合理的です。しかし、コロホニウム「松脂」はあまりにも単純なイメージで、ここで挫折した人が多かったのです。私の主張はこの「松脂」が現代唯一工業的に残ったWWグレードの精製されたものではなく、生松脂であったということです。むしろ16世紀にWWグレードの黄色透明な松脂はあったのでしょうか。生松脂はアビエス、シルバーヒィア・モミ、ラーチ・米栂、
スプルース・トウヒなどの近種の生レジン、バルサム状態のものを含みます。
あとはランニングの技術、装置もあります。マスティックを使用したり酸化鉛、光明丹、リサージ、密陀僧、の添加で硬化を速めたり、明礬、砂糖、硝石などで赤く着色する手法もあります。あらゆる手を尽くしてヴァイオリンニスはできていました。
単に一つのレシピが通用していて、それに従った薬局のニスを買って、塗布していただけではないと思います。ストラディヴァリは色材としていろいろ使用していることが、この分析結果で分かります。


ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏 解説

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏  解説
以上はブルース・タイ氏の論文の訳を紹介しました。この論文にはpart 1があるのですが、今回はpart 2を分割して訳しました。web上でタイ氏の実際の論文を見てください。写真と分析結果には説得力があります。著作権がありますので図、写真はblogでは紹介していません。表の内容が、この論文の関心がある部分ですので、以下に解説します。
表1の内容
「古典的なイタリアの弦楽器のウッドフィニッシュで特定された物質。」
表はクレモナとクレモナ以外のイタリアの楽器のそれぞれに分けられています。
GC-MS分析結果として同定した結果は以下になります。注意書きのないものはクレモナとクレモナ以外両方で検出されています。major resin主要樹脂とminor resin添加物樹脂に分類しています。
有機材料
亜麻仁油、ウォルナット油はメインの乾性油。(major)
ヴェネチア・テレピン(major)、ロジン(major)
マスティック(minorクレモナ以外)、コーパル(minorクレモナ以外)サンダラック(minorクレモナ以外)、タンパク質(ニスではない層、膠か卵白)、ワックス(minorクレモナ以外)、炭水化物(シーラー、minorクレモナ以外)
無機材料
硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、二酸化ケイ素、カリウム長石、アルミニウムシリケート、硫酸バリウム(クレモナ以外)、鉛、酸化鉄(ヴェネチアンレッド)、アンバー土、ヴァーミリオン(またはシンナバー)、オピメント、カーボンブラック(クレモナ以外)、コチニールレーキ(クレモナ以外)、水酸化アルミニウム(クレモナ以外)、マダーレーキ、不明なレーキ、インジゴ(クレモナ以外)
表2の内容
Wood finish comparison between six violins and a viola d’amore made by Antonio Stradivari.
アントニオ・ストラディヴァリが作った6つのヴァイオリンとビオラダモーレの塗料の比較。
the Longuet 1692 , 鉛,鉄
the Davidoff 1708,シッカチフオイル、ウォルナットアルミニウム, 珪素,マグネシウム, ナトリウム、ジテルペン樹脂 マツ科) 鉛,鉄
the Tua 1708 ,シッカチフ, 鉛,鉄,ジテルペン樹脂
the Viotti 1709 ,鉛,鉄,マンガン
the Provigny 1716 ,Hg, Pb,Fe, Mn,アンバー土
the Sarasate 1724,Linseed Oil ,Hg(シンナバー,ヴァーミリオン)ジテルペン樹脂,ヴェネチアンテレピン
viola Early d`amore 1700s,ジテルペン樹脂,カルシウム、硫黄(石膏)、シッカチフオイル、アルミニウム,  珪素,マグネシウム, ナトリウム、卵白(不明)
表3
Varnish recipes in the Marciana Manuscript 
マルチアナ文書のニス処方(1500初期、イタリア).
適用対象、樹脂、溶剤、耐熱、その後の希釈剤、注意。の項目順に記載。
1.ミニチュアや絵画の保護、ベンゾエ、アルコール、非加熱、日陰乾燥。
2.未指定、琥珀、亜麻仁油、加熱、アルコール,ナフサ、亜麻仁油。
3.絵画の保護、ベンゾエ、アルコール、非加熱、速乾性。
4.絵画、金属の保護、ベンゾエ、アルコール、非加熱、日陰乾燥。
5.何にでも、サンダラック、フランキンチェンス、ウォルナット油、加熱、日光硬化。
6.リュートの保護その他、グリークピッチ、マスティック、亜麻仁油、加熱、ガラスのような光沢のある速乾性
7.リュートの保護その他、マスティック、亜麻仁油、加熱、
8.未指定、マスティック、ウォルナット油、ナフサ、加熱、
9.油絵の色と混在、グリークピッチ、マスティック、ウォルナット油、加熱、乾燥性有。
10.絵画の防水、ストラスブルグ・テレピン、加熱、樹脂を溶かして直接塗布する。日陰乾燥。
11.芸術作品を保護する、ストラスブルグ・テレピン、亜麻仁油、ウォルナット油、ナフサ、非加熱、非防水、日陰乾燥。
12.銃、弓、鎧の保護、グリークピッチ、サンダラック、亜麻仁油、加熱、グリークピッチをnaval pitch海軍ピッチで置き換えてより暗い色にする。
13.一般のニス、(vernice commune)グリークピッチ、亜麻仁油、加熱、亜麻仁油希釈
解説
メインの処方はコロホニウムと亜麻仁油またはウォルナット油で、ヴェネチア・テレピンは現代のものとは違うので生松脂的な樹脂と考えてください。有機物はあまり材料がありません。オイルニスに使用可能なマスティック、コーパル、サンダラックを添加しています。琥珀は使用していません。膠は使用されていたでしょうが卵白の分析根拠は弱いものです。「シッカチフオイル」と言うのは、主に亜麻仁油に酸化鉛を添加して加熱します。黄白色の酸化鉛は次第にオイル全体を黒くます。濾過して取り出したものを、乾燥剤シッカチフとして使用します。オイルニスの乾燥を速めるためにシッカチフを添加したものを「黒ニス」と呼びます。無機物のアルカリ金属、アルカリ土類と珪素はパミスのような鉱物の構成物質ですが、完全に構造を決定することは難しいのです。また原子番号が11より小さい(H、He、Li、Be、B、C、N、O、F、Ne)元素は検出できません。
無機物は鉄は顔料、鉛はシッカチフの添加剤、長石やアルミニウムシリケートなどの鉱物類はパミスやポッツォラーナセメントなどの天然土を意味します。硫酸化合物は石膏か不明です。レーキはマダーレーキで、コチニールレーキも使用していたでしょう。
以外にヴァーミリオンやシンナバー(辰砂、硫化水銀HgS)、オピメント(硫化ヒ素As2S3)を使用しています。絵画の顔料です。
鉱物土は軽石(パミス)、トリポリ(天然煉瓦土)、ポッツォラーナ土(天然セメント)や、石英粉、長石といろいろありますが、特定は不可能です。長石質はモンモリロナイトやカオリナイトなどの粘土質や鉱石を砕いた粉などが考えられます。目止めフィラー(充填剤)は普通に使用していたということです。
あまり特殊な材料はないようです。サッコーニ氏はストラディヴァリのヴァイオリンは、有機物(樹脂)より無機物(フィラー)に秘密があると信じていたようです。
しかし、それほど不思議で意外性のある無機組成は見つかっていません。

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(11)

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(11)
ニスとは何か。
英語のvarnishとそれに相当するイタリア語のverniceは、中世のラテン語のvernixに由来しています。
綴り。わかりやすくするために、私は総称して中世ラテン語から現代イタリア語、verniceというこれらの関連語を参照します。Eastlakeは、verniceの言語的進化について詳細に説明していますが、ここで簡単に要約します。当初、verniceは琥珀のことでした。後で、琥珀に似ているため、オイルニス用の最も固体の樹脂にその意味が広がりました。いくつかの古いニスの処方は重量で測定し乾性油にそれを混合しました。このようにして製造された硬化性オイルニスは、vernice liquida(液体ニス)と呼ばれていました。
時間の経過とともに、ヴェルニーチェリキッダは単にverniceとして知られるようになりました。 その後、アルコールとエッセンシャルオイルをベースにした速乾性ニスもverniceとなりました。顔料はverniceに添加することができ、天然の溶剤や樹脂は合成物で置き換えることができ、処方はverniceと呼ばれます。英語では、ニスに顔料を添加すると塗料が生成されますが、イタリア語ではそのような区別はありません。彼の手紙では、ストラディヴァリ はウッドフィニッシュをverniceと呼んでいました。
12世紀に、Theophilus(おそらくドイツの修道士)は、職人のための一流ハンドブックを書いて、vernition(ニス)と呼ばれる粘着性物質を作る方法を説明しました。
彼は加熱された亜麻仁油に2種類の樹脂を溶かす方法を説明する2つの処方を出しました。古い処方で樹脂の植物起源を確認することはしばしば困難です。研究者は、この場合、彼らはアンバーとサンダラックであったと信じています。(註20)
1400年頃、チェンニーニCennini は、イタリアの職人のための有益なハンドブックを書きました。不思議にも、この本は多くの詳細な処方を提供していましたが、それはヴェルニーチェリキッダの組成について言及していませんでした。有名な画家・芸術家のジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari)は、1550年頃にその組成を記述することなく、数回、ヴェルニーチェリキッダについて書きました。1つの例では、エマルジョンメディウムを得るために卵黄と混合しようと試み、別の例では、グリークピッチ(ロジン)、マスティック、および不磨に油と混合しました。これらの記述から、ヴェルニーチェリキッダは一般的に有用な商品であり、通常は芸術家ではなくプロのショップで用意されていたようです。1550頃のヴェルニーチェリキッダは、油でさらに希釈することができる、高い樹脂対乾燥油比を有する何らかの種類の濃いニスであるようでした。ヴェルニーチェリキッダを購入することは、乾性油に樹脂を溶解させる労力と危険から美術家を守りました。しかし、どのような樹脂がvヴェルニーチェリキッダで使用されたか、チェンニーニやヴァザーリのような有名人でさえ知らなかったことは秘密だったのでしょうか。
チェンニーニは、壊れた皿の修理、壁の防水、完成した絵画の保護など、様々な用途のヴェルニーチェリキッダについて言及しています。1つの方式が非常に多くの用途を満たすことができますか。または、ヴェルニーチェリキッダは関連物質の一般的な用語でしょうか。この著者の意見は、後者がより可能性が高いことであり、薬師会はおそらく利用可能な方式の1つを選択する際に顧客を助けたと考えています。マルチアナ・マニュスクリプトには、おそらく1500年代初めの修道院で使われていた指示書の集まりだったかもしれません。
それは、表3に列挙されている様々な目的のための複数のニスの処方を記載していました。
表3から、我々は16世紀の薬局で販売されているverniceは基本的にあらかじめ溶解した樹脂を意味すると推測するかもしれません。それは、硬化性オイルニスまたはスアルコールニス、または混合溶剤でさえあり得ます。
その期間に芸術家や職人のために書かれた同様の処方と比較すると、硬化性オイルニスのマルチアナ処方では鉛の乾燥剤が欠けていました。鉛のドライヤーはニスの貯蔵寿命を短縮するので、鉛が存在しないことはこの店の処方であることを示しています。(註21)
彼の家に戻って、顧客はverniceを直接適用したり、溶剤で希釈したり、他の成分と混合して接着剤、インク、その他多くのものを作ることができました。樹脂を含む保護コーティングは、verniceとも呼ばれた。マルチアナ・マニュスクリプトの硬化性オイルニスのほとんどが日光で乾燥させる必要があるという事実は、太陽の下で塗装された器具を置くストラディヴァリ自身の記述と一致しています。
ストラディヴァリが薬局からvernice(樹脂を溶かした)を購入したとしても、彼のヴァイオリンのvernice(フィニッシュコート)は一般的でシンプルでなければならないというわけではありません。
マルチアナ・マニュスクリプトでは、不特定の固体樹脂や場合によっては不特定のヴェルニーチェリキッダを示すためにverniceを使用することがありました。それはまた、薬局で販売されているヴェルニーチェリキッダでヴェルニーチェ・コミュネ「標準のニス」(vernice commune)と言いました。
メリフィールド(Merrifield)によれば、その時代の不特定のvernice樹脂は、一般的にサンダラックを意味し、ヴェルニーチェ・コミュネは、亜麻仁油、クルミ油に溶解したグリークピッチ(ある種のロジン)でした。 Eastlakeは、ヴェルニーチェ・リキッダは元来、サンダラックと乾性油でてきた赤い物質であるを意味すると信じていました。 サンダラックをいくつかのタイプの固体のテレピン樹脂(マツ、モミ、カラマツ)に置き換えると、後にはより鮮やかなヴェルニーチェリキッダの品種が得られました。メリフィールドとEastlakeの両方は、それが秘密ではなく樹脂性乾燥油の一般的な用語であることを示す古い液体の処方をたくさん見つけました。(註22)さらに、Giovanni Volpato はイタリアの画家が1685年頃にニスを入手した場所について知らされています。画家であるため、「ニスはさまざまな種類のものです。自分たちで作ったもの、vernice grossaや琥珀ニス、私達は購入しますが、私はマスティックニスを自分で作っています。」と述べてます。
手作りのニスは、ストラスブールテレピンを含んでいてもいなくても、テレピンまたはナフサの油に溶解したマスティックでした。16世紀と17世紀の職人は、仕事をするには幅広い選択肢があり、商業的に準備されたものと手作りのものがありました。
上記の議論から、2つの主要な結論を導くことができると私は考える。第1に、Grivelが知らせてくれたように、ストラディバリが地元の薬局方である種の油溶性樹脂を購入したことはまずありませんでした。第二に、古い薬を購入することによってどのようなタイプの予備溶解樹脂が購入されたのかを知るのは非常に難しいでしょう。なぜなら薬師会はおそらく数種の品種を販売していたからです。我々はストラディバリの仕上げでロジン、マスチック、ヴェネチア・テレピンを見つけました。また、琥珀も疑うかもしれません。これらの樹脂はすべて、16世紀のイタリアで販売されているヴェルニーチェリキッダによく見られます。
樹脂商取引の重要性
1534年にヴェネツィアの色材業者の在庫リストには十数個の固体樹脂が含まれており、樹脂の量は100kgを超えていました。したがって、1店舗に1〜2トンの樹脂材料を貯蔵することができました。 1594在庫リストでは、樹脂の数は少なくなっていましたが、液体ニスは在庫にありました。これらのリストはおそらく不完全でしたが、ニス成分を販売することは繁栄したビジネスであることは明らかであった。硬化性オイルニスが18世紀に不足に陥った後、薬局がどのようなニス材料を持ち続けるでしょうか。
亜麻仁油とクルミ油は絵や家の塗装にはまだ有用でしたが、様々な固形樹脂は精油や精油にも取り入れることができました。しかし、顧客が速乾性のニスを好むならば、樹脂状の乾燥油、古いvernice liquidaは、中止されていたでしょう。
メリーフィルドによれば、1800年代初期に北部イタリアの巨匠画家のほとんどが樹脂性乾性油について聞いていなかったし、その商業供給はほとんどなかったでしょう。さらに、すべての天然樹脂は、植物起源、採取、および処理のために、大きな品質変動を示す可能性がありました。樹脂状乾燥油がもはや使用されない場合、樹脂は、硬化性オイルニスではなく、アルコールニスを製造するための、等級分けされて販売されました。どちらの要因も、古典的な塗装方法で使用されている樹脂製乾燥油の品質を損なう可能性があり、ヴァイオリン製造者に変更や適応を強いることになりました。クレモナの1747年の原稿に示されているように、硬化性オイルニスの減少は 18世紀です。
私たちは、この必然的な世の流れによって、ヴァイオリンがいつ影響を受けたのかを推測することができます。その世紀の後半までに、古いヴァイオリンの塗料はすでに忘れられていました。MarchiのようなメーカーやCozio di Salabueのようなコレクターは知識を回復できませんでした。ヴァイオリンに樹脂性の乾性油を使用することは、絵画で起こったことに従うように見えました。
1830年代に硬化性オイルニスがフランスの絵画に再導入された後、フランスのヴァイオリン製作者J.B.Vuillaume(1798-1875)はクレモナ塗料の説得的なレクリエーションを始めました。これはおそらく、ヴァイオリン製造がニス取引の非常に小さなシェアを占めているため、高品質ニスの材料の一般的な入手可能性にヴァイオリン製作家が依存していると考えられます。
樹脂の入手可能性が、古典的なイタリアのヴァイオリン塗料の消失に直接的にどのように寄与するかについてのみ推測することができます。古典的なヴァイオリンのカラーニスは樹脂性の乾燥油をベースとしていたということは容易に分かりましたが、グラウンドの存在と組成は目で確認するのがずっと困難でした。間違いなく、古典的な塗装の最も重要な部分であるMarchiと彼の同僚は、グラウンドについてほとんど知識を持っていなかったようです。現代の分析機器であっても、その組成はやや不確定なままである。おそらく古典的な塗料の消失の鍵は、その根拠にあります。適切な樹脂の不足が古い地上配合物の有用性に悪影響を及ぼした場合、それは不愉快になり、忘れ去られる可能性があります。
結論
最後の2世紀にわたって、ストラディバリの仕上げの秘密を失ったことについていろいろな主張がありました。これらのいわゆる再発見は、ほとんど誤解を招くものでした。現代の化学分析はストラディヴァリの塗装に組み込まれた物質の多くを確認しています。これは伝統的に想定されていたよりはるかに複雑です。私たちの知識にはまだ多くのギャップがありますが、今度は他のクレモナの楽器で共有されている重要な特徴のいくつかを定義することができます。
最初に、彼のカラーニスは、乾燥した乾燥油(おそらく亜麻仁油とマツ科樹脂)をベースにしており、幅広い顔料と時には無色の粒子を含んでいます。
カラーニスは、透明なグラウンド層の上に樹脂性の媒体を用いた油絵に類似しており、色を木材から取り除きます。調査されたいくつかのサンプルでは、グラウンドは非常に微粒子である。
グラウンドメディウムはまだ決定されていないませんが、油、樹脂、およびタンパク質の乾燥が関与している可能性があります。
木材がどのように処理されたか(研磨、こすれ、およびシーラーコーティングを含む)は、確認することが困難です。
クレモナ塗料システムは、木材表面処理、グラウンドコート、カラーニスで構成されています。深くなればなるほど、わかりやすくなり、一部の有機物が残っている可能性があります。現代科学は「失われた秘密」"lost secret"か「魔法の弾丸」"magic bullet"を発見したでしょうか。 私の意見では、ヴァイオリンの塗料に伴う音響効果を測定し定義することは難しいため、答えは「いいえ」です。
それにもかかわらず、現代科学は、エマルジョン媒体やナノコンポジットのような新しい実験の方向性を示唆しています。
ストラディバリの塗料は彼の近所のものと似ていたという意味で秘密もなかった。 実際、イタリア全土で使用されていた古典的なヴァイオリンやリュートの塗料は密接に関連していました。我々はストラディバリの塗料で、イタリアの他の職人がまだ使っていなかったもので、エキゾチックな物質を検出することができませんでした。 しかし、クレモナ塗料システムは、個々の施術者が得られるように、多くの調整可能なパラメーター(鉱物粒子の大きさと量、樹脂の種類と量、顔料の種類と量、調理条件、層状化、乾燥条件など)
個々の実践者が非常に異なる結果を得ることができました。
おそらく、いくつかの標準化された処方ではなく、体系的に理解する必要があるでしょう。クレモナ塗料を含む古典的なイタリアのヴァイオリン塗料の神秘的な消滅は、18世紀後半のヨーロッパ全域の硬化性オイルニス(樹脂乾燥油)の一般的な使用と同時に、アルコールニスとエッセンシャルオイルのニスに置き換えられました 、ヴァイオリンを含む。 硬化性オイルニスが芸術品や工芸品の人気を取り戻すまでに、クレモナ塗料はすべて失われました。
さらに、ウッドフィニッシュはクレモナの材料パズルの半分に過ぎません。 実際には、ヴァイオリントーンウッドはさらに複雑な問題であり、あまり研究されていません。過去30年間、ヴァイオリン・ウッドの科学的調査は、彼らがどのように処理され準備されているかについての長期的な信念に挑戦するのに十分なデータを生み出しました。クレモナ塗料の材料の科学的研究は、まだいくつかの将来の驚きを保持するかもしれません。
註20) Theophilusの"Gummi Fornis"はアンバーと解釈されてきました。しかし白色透明で加熱すると泡が発生するという性質はサンダラックにあります。「fornis樹脂はローマのglassaである。」という記述が混乱の原因でした。glassaは琥珀と解されました。
註21) マルチアナ処方はグリークピッチと亜麻仁油とマスティックです。マスティックは硬化促進の役割です。この場合酸化鉛は必要ありません。また、酸化鉛を添加するのであればマスティックは抜くべきでしょう。
註22) デ・メイヤーンのvernice liquida参照。このサンダラック・ウォルナット処方はMagister社のヴェルニーチェ・コミュネとなっています。

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(10)

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(10)
オイルニス対スピリットニス
職人や画家が1700年代後半に固着したオイルニスから脱却したため、巨匠ヴァイオリン製作家による使用も大幅に減少しました。
しかし、なぜ Cozio di Salabue伯爵によって尊敬される指揮のヴァイオリン修理製作者であるGiovanni Antonio Marchi の著作は、手がかりを与えるかもしれません。 1786年にヴァイオリンを作ることについての彼の未発表の原稿は、誰もクレモナの巨匠の方法を確信していないと述べました。
彼は言いました。他の人々は、楽器の品質は、当時使用されていたオイルニス(今日はアルコールニスを使用しています。)に起因すると考えています。これは、木材を柔らかく保ち、人間の豊かな性格を与えるからです。実際には、このオイルニスについて逆のことを教えてくれます。木の油性部分を落とすことと、木材が乾燥しているほど、音が良いことはよく知られています。(註19)
ちなみに、MarchiのヴァイオリンのGC-MS分析は、乾性油とコロフォニウムを発見しました、硬化性オイルニスの明確な証拠です。私はMarchiの生活と仕事の専門家であるRoberto Regazzi によって、Marchiのニスは一般的にオイルニスのように見えることを知っていました。 私たちはMarchiの仕事を自分の言葉とどのように調和させることができますか? 1つの可能性は、彼が彼のオイルニスにアルコールを加えたことであるが、それが一般のスピリットニス(アルコールニス)であるかは疑わしい。別の可能性は、彼は単にアルコールニスの人気に注意を払っていたということです。しかし、古い製作家を模倣する彼自身の努力で彼はオイルニスを使用しました。彼の論文では、彼はしばしば彼の哲学を一般的な信念と矛盾すると述べてました。彼は古い製作家がオイルニスを使用していたことをよく知っていました。乾性油とコロフォニウムの彼の取り込みは、古典的なイタリアンヴァイオリンのニスと一致していました。
Marchiの主な関心事は木材による油の吸収であり、その経験では負のトーンに影響を与えた。
クレモネアの製作家は、サッコーニが「“wood preparation”木材処理」と呼んでいたものを採用することでこの問題を回避したように見えました。現代の分析データから判断すると、木材処理は油吸収を2つの方法で妨げているかもしれません。第1は、電子顕微鏡によって明らかにされるように、粒状の粉砕物、木の細孔を覆う不浸透性の被膜を有することです。第2の可能性は、木材繊維に最初に結合する非オイルシーラーを有することである。グラウンドコートが粒状複合材またはエマルジョンである場合、木材へのバインダーの浸透は限られているように思われます。
先に述べたように、上の木材層に吸収されるものを測定することはできませんでした。クレモーナ以外の古典的なイタリアのヴァイオリンもグラウンド層を持っていましたが、グラウンドの組成とどのように吸油に対処したかはほとんど分かっていません。明らかに、1550年から1750年まで、クレモナ以外のイタリアの製作家は、アルコールニスがすでに入手可能であったときに、硬化性オイルニスを用いて多くの高級ヴァイオリンを製作しました。当時、彼らはおそらく、硬化性オイルニスがアルコールニスよりも優れた音を出すと考えていました。
ほとんどの20世紀の専門家も同様の意見を表明しました。なぜMarchiの同時代は音響的な理由でアルコールニスを好んだのでしょうか?
1つの可能性は、ヴァイオリン塗料で樹脂と乾性油を使用する(オイルニス)適切な方法が、その世代の製作家に渡されなかったことでした。しかし、2世紀に渡って徒弟制度が続いた理由を理解するのは難しく、突然イタリア全土で技術が忘れられました。
より妥当なシナリオは、古いヴァイオリン塗料に使用されていた特定の物質が商業的に入手できなくなったことで、古い塗料の品質が損なわれ、多くのメーカーが流行のアルコールニスに変わったというのが私の考えです。前述したように、古典イタリアの塗料(表1)でこれまでに同定されたすべての成分は、1750年前後のいずれにも一般的であるようでした。
したがって、重要な問題は、当時ニス用樹脂がどのように加工され、販売されたかでしょうか。もしヴァイオリンメーカーが店で用意した樹脂乾燥油(オイルニス)を購入していたのであれば、まだ入手可能でしょうか?
作家が固体樹脂をそのような制作に適した方法で樹脂を回収し処理したか? Stradivariの時代には、樹脂質の乾燥油はおそらく、verniceまたは"vernice liquida"の名の下、薬局方によって販売されました。ニス樹脂の供給に関する潜在的な問題をよりよく説明するために、最初に “varnish”が実際に異なる年代を通じて意味するものを調べてみましょう。
註19) 繊維表面が油性の木材はオイルニスが染みこみ易く、それを防ぐために親水性の膠をまず最初に塗ります。オイルニスの使い方次第です。木材が乾燥しているかではなくて、繊維に付着している油性物質が抜けている状態が、後のオイルニス塗布後の音に影響します。オイルニスはこの特性を無視すると音響的に失敗します。アルコールニスは失敗が少ないと言えますが、オイルニスは正しく使用すれば最高の音が得られるはずです。

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(9)

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(9)
実際と偽の中国ニス
17世紀の間、ヨーロッパは今日の言葉で中国ニス、すなわち中国の漆に執着されていました。保護コーティングとして、中国の漆は優れた品質を持っています。弾性、防水、耐久性です。それは、古代中国の物体で観察されるように、1000年以上にわたって木材を保存する非常に厚いコーティングを形成することができます。中国の漆は、中国の漆の木の滲出物から来ています、Toxicodendron vernicifluum(漆の学名:旧Rhus verniciflua)、その使用は先史時代にさかのぼります。 その後日本は工場と工芸品を輸入し、日本の漆とも呼ばれました。
中国の漆は、17世紀のヨーロッパ人にとって、ファッショナブルで切望された素材でした。輸入された東洋の漆塗りの家具はヨーロッパ様式の作品に再建され、ヨーロッパの家具は漆塗りのために中国に送られました。この飽くなき要求に応えて、教授、錬金術師、職人、芸術家、起業家、そしてもちろんヨーロッパのニスメーカーは中国の漆を再現しようとしました。中国の漆の木は東アジアでのみ生育し、その特殊な加工を受ける前に毒性の強い樹液は海外に輸送することができませんでした。17世紀-18世紀のヨーロッパでは、中国漆塗料を製造することは基本的に不可能でした。しかし、それは多くのヨーロッパ人が何百もの処方の形でそれを再現したという主張は否定しません。1600年代後半までに、"japan"は英語で耐久性のあるラッカーと同義語になっていましたが、イタリア人はそれを"China"中国と呼ぶことを好みました。(註16) 
当時のヨーロッパで最も人気のあるニスハンドブックの1つは、ジョン・ストーカーとジョージ・パーカーが書いた1688年に出版された"A Treatise of Japaning and Varnishing"「ジャパニングとヴァーニッシングの論文」でした。
その焦点は明白であった:日本の漆塗料を模倣するために、与えられたすべての描画パターンが日本(日本の櫓、日本の塔など)でさえありました。ストーカーとパーカーの日本の漆塗料の最も近い模造品は、シェラックをアルコールに溶解したものです。
以前に言及されたクレモナのニス愛好家は、他にも数え切れないほどのヨーロッパの職人が、基本的に同じ結論に達しました。マスティックやサンダラックなどのオイルニスでこれまで使用されていた樹脂は、硬化オイルニスや中国の漆によく似たコーティングを製造するよりも、準備と適用が容易なスピリット(アルコール)ニスに組み込まれました。 工業用蒸留の改善により、高純度のエタノールとエッセンシャルオイルが安価で入手しやすくなりました。
スピリットとエッセンシャルオイルの供給量と需要の増加に伴い、硬化性オイルニスが市場から押し出されました。1747年のクレモナ塗料の原稿から判断すると、硬化性オイルニスは、毎日の用途から既に消えていました。
中国の漆に対する魅力は、ストラディバリが生まれる前から始まっていました。1600年頃のアーティストの方法を説明しているThe Paduan manuscriptは、すでにアルコール、アンバー、ラック樹脂、サンダラックをベースにした中国ニス(vernice alla China)の処方を提供しています。
18世紀のイタリアにおける硬化性オイルニスの一般的な無視も、美術に影響を与えました。伝統的に、硬化性オイルニスは、最終的な防護塗料としてイタリアの油絵に適用され、場合によっては塗料媒体に混入していました。メリフィールドが1800年代初めにイタリア北部の著名な絵画修復師に対応したとき、彼女はこの技術に対する無知によって驚きました。彼女は、「私が確認できる限り、オレオ樹脂のニスはイタリアの北部では古くないだけでなく、ほとんど忘れられているようだ」と語った。現代の画家がオイルニスを言及したとき、 "オイルニス。ストーカーとパーカーは、18世紀以前でさえ、絵画を保護するためにエッセンシャルオイルのニスを使用していましたが、英国では標準的な方法でした。
私はまた、1804年にロンドンで出版された塗装とニスに関する英語で書かれた広範な論文に出くわしました。著者、Pierre Francois Tingryは、ジュネーブの化学教授でした。彼の芸術素材の専門知識は、さまざまな塗料の植物起源と、コロフォニー、ギリシャのピッチ、ブルゴーニュのピッチ、レジン、海軍のピッチなど、何十種類もの関連する素材にどのように加工されたかということで明らかです。彼の本のこのセクションは、歴史的なターペンタイン製品の素晴らしい情報源として役立ちます。 Tingryはスイスの学術団体が主催し、塗装に関する国際的な論文を執筆しました。
彼は近代的な芸術としてニスを考え、ニスを2つのクラスに分類しました。ファーストクラスは、植物のガムや動物のゼラチンを使用して、自然の歴史のオブジェクトに適した自然からだったからです。
5つの属に分かれた第2のクラスは、芸術的な応用のためであり、驚嘆の真の主題であった。最初の4つのジャンルは、アルコールまたは精油に溶解した樹脂を有し、第5のものは、本物の中国の漆です。
Tingryの本では、「オイル」という言葉は常にエッセンシャルオイルを意味し、亜麻仁油は乾燥油と呼ばれていました。ヨーロッパのニスに関連して、彼は古くから薬局では樹脂を「アルコール性のビヒクル」(揮発性溶剤)に溶かしていたという。不思議なことに、彼は中世からルネッサンスまでのヨーロッパのニスが硬化性オイルニスであることを知らなかったのです。(註17) 
彼は、1700年代初めに中国の家具をフランスに輸入したことで、現代のニス開発が刺激されたと考えていました。 Tingryは乾燥油に溶解した樹脂を認識していました。樹脂は乾燥樹脂油と呼ばれていました。彼は家屋塗装の最終塗装や石工物の保護にも適していると考えていました。彼は樹脂の乾燥油はニスの品質を持っていて、室内の物体を塗るために顔料と混合していましたが、動物接着剤やアラビアゴムの水溶液はニスと呼ばれていましたが、ニスとは言えませんでした。Tingryの論文は、1700年代後半のヨーロッパのほとんどの地域で、樹脂乾燥油をベースとするニスのコンセプトは時代遅れではなく、輸入されたチャイニーズヴァーニッシュ(ジャパニングヴァーニッシュ)よりも遥かに異質であることを明確に示しています。
私たちのクレモナ紳士は、1747年に硬化オイルニスをトルコ様式とみなしたことは不思議ではありません。19世紀前半の学者たちは、伝統的なニスに関する誤解が18世紀後半の視点を代表していたのに対し、19世紀初頭の学者たちは意見を放棄し、硬化性オイルニスは美術に再導入されました。1830年にJean-Francois-Leonor Merimee はパリで油絵に関する論文を発表し、ルネッサンスの巨匠たちが実践しているように、精細な絵画で硬化オイルニスの使用を提唱しました。この作品はロイヤルアカデミーの推薦のもとに1839年に英語に翻訳されました。メリメは、1700年代後半には、フランスの絵画学校が、材料に関連する知識の欠如のために、衰退の最下点に達したと嘆いていました。 10年後、イギリスの学者Eastlake とMerrifield は論文を発表しました。メリメ、イーストレイク、メリフィールドの魅力は、チャイニーズヴァーニッシュではなく、古くからの画家の硬化性オイルニス、素晴らしい色、耐久性、そして実行のための "秘密"でした。硬化オイルニスの一般的な衰退は、18世紀後半の一時的な現象であると思われました。
皮肉なことに、偽の中国語のニスが古典的なイタリアンヴァイオリン仕上げの終焉に寄与しているかもしれませんが、実際のチャイニーズヴァーニッシュはそれ自体が優れた楽器仕上げです。ヴァイオリンには適していませんが、中国の最も重要な弦楽器には中国の漆があります。このラッカーの防腐力のために、1000年以上前に数十のトップコンディションのツィター(チター楽器)がまだ存在しています。昔のツィターの音が一般的に好まれていて、偉大な才能を持つWei Leiの「春雷」は、8世紀にさかのぼります。(註18)清王朝(1644-1912)からのより最近の楽器は、悪いニスのために劣った音を持っていると言われています。清朝の楽器は、一般的に粉砕したレンガまたはタイルと混合した塗料のコートを有し、最終的なひび割れおよびはがれを生じました。古い製作家の楽器には、鹿角粉(蛋白質とミネラルを含む)を混ぜた漆の下地がありました。塗料(漆)とカーボンブラックや朱色のような着色剤でできているトップニスは、色調にほとんど影響しないと言われています。中国の漆の木の樹液は、油中水型エマルションの天然の形態であり、枝角のタンパク質やミネラルと混合すると、優れた音響特性の耐久性のあるグランドコートを形成します。分析データはまだ不完全ですが、Cremonese groundはおそらくエマルションバインダー(タンパク質、樹脂、乾燥油を含む)を含む鉱物複合材です。結局のところ、東西の両方でミネラルとエマルジョンバインダーでできたグラウンドコート(下地)についてはマジックがありますが、これを確認するにはもっと化学的および音響的分析が必要です。
註16) 著者のタイ氏は中国出身の科学者です。JapanningはChina当時の文献は最初にChina後にJapanまたはJapanningとなっていて、陶器や漆器の鏡面光沢を皮製品に使用したものはとくにChinaと呼ばれました。しかし当時から20世紀にかけて、「中国」と「日本」の文化歴史を知るヨーロッパ人は殆どいませんでした。要するに同じものを意味していますし、単なる呼び名です。
註17) ティングリーは塗料屋で楽器とは関係なかったからです。この頃オイルニスの用途が家具に移って行く過渡期の研究者として重要です。ティングリーはボナーニの装置の意味をよく理解していました。逆にその後、画材、楽器の分野ではティングリーやボナーニの製法の意味が理解できなくなってしまいました。
註18) 雷威 唐代の著名な古琴制作家。「春雷」は宋代に章宗が没し、ともに埋葬された。その後復元された琴の最高峰。


ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー -ブルース・H・タイ氏(8)

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー -ブルース・H・タイ氏(8)
クレモネーゼ・フィニッシュの台頭
入手可能な分析的証拠によると、1550年から1750年の間にクレモナで使用されたヴァイオリン仕上げは、ヒルズとサコネの意見と一致してイタリアの他の地域のものと似ていました。さらに、古典的なヴァイオリンの仕上げは、この記事全体を通して議論されているように、16世紀-17世紀のイタリアで使用されていたリュート仕上げに一般的に似ています。後見では、ストラディヴァリもリュート、ギター、マンドリン、ハープを作ったので、これはまったく驚くべきことではありません。クレモネーゼ・フィニッシュ(クレモナ塗料)は、古いシステムのリュートの塗料から進化したと仮定することは合理的です。
しかし、どのようにしてリュートの塗料が始まり、進化しましたか。残念なことに、ヴァイオリンの塗料を研究しているにもかかわらず、リュートの塗料は比較的控えめです。リュートの塗料を始めた時期、最も初期の仕上げが何だったのか、それがどのように油樹脂配合に発展したのかを知ることは興味深いでしょう。リュートは油絵の発明に先立ち、その歴史は間違いなく魅力的な主題です。もちろん、リュートの塗料がどのように進化したかについての多くの伝統的な見解がありますが、最近の分析的証拠は、多くの手描き意見の妥当性にすぐに挑戦しています。
表1を見るとクレモナ塗料の成分リストには異物はないようです。エキゾチックな材料が私たちの調査を免れたかもしれないという警告が常にあります。
しかし、非常に多くの有益なニス成分がリストに含まれているため、ストラディヴァリは、魔法のような性質を与えるために予期しない材料に頼らざるを得なかったと想像するのは難しいでしょう。
彼は色を変えるために硬度やドラゴンズブラッドを増やすために少しの琥珀色を加えたかもしれないが、これらの材料は仕上げの基本的な理解を変えないでしょう。彼のウッドフィニッシュの最も独創的な側面の1つは、サブミクロンの範囲までの小さな鉱物粒子の使用です。このような均一な細かさの粒子は、粉砕と相分離分離の両方をおそらく必要とした。ヴァイオリン工房で洗練されたパウダーの準備をすることはありそうにありませんでしたが、誰がヴァイオリン製作家に供給したのかはわかりません。実際に、クレモナのヴァイオリン製作家がどのように原材料を調達しているかについて、信頼できる情報はありません。最も近い歴史的記述はVictor Grivel(19世紀の作家)によって与えられました。ストラディヴァリは地元の薬局からニスを購入したと言いました(参考文献に翻訳されています。)
私が青年時代によく知っていた高齢のグァダニーニの子孫は、クレモナの弦楽器製作家の誰もが、彼らの楽器に使ったニスの処方の知識を持っていなかったと断言していました。
グァルネリとストラディヴァリがまだ生きている頃、誰もが使用できるように製作された塗料が薬局があり、ストラディヴァリは、彼が店に行ったときに自分の瓶を持っていました。薬局店の友人は決して彼に瓶の底の方は与えませんでした。
それはそれが六番目の情報のようなものであったことを考えると、どれくらいの信用がGrivelの口座に入れられたかは不明です。(註:意味不明)さらに、最近の奨学金は、グァダニーニファミリーがクレモナ塗料のトップメーカと直接関係していないことを示しています。私は、中世/ルネッサンスの職人が使用した塗料や塗料からリュートニスが進化したと思います。楽器製作がより専門的になるにつれて、楽器仕上げは独自のシステムに発展しました。伝統的な食材や技術は、さまざまな形で組み合わされてきましたが、急進的な出発は必要なくなったようです。現在の分析的証拠は、ストラディバリが秘密の材料と方法の後見人ではなく、込み入っていたと考えていることを支持しています。1867年、Victor Grivelはクレモナニスの「再発見」についての報告を発表し、同年には"Sciences et des Arts de Grenoble"にも報告書が掲載されました。
また、特殊な原材料を要求するためには、製造規模が小さすぎるという理由があるかもしれません。特にその材料が秘密だった場合、市場はほとんど消えてしまっていたでしょう。楽器製作家はおそらく、他の芸術品や工芸品と同じ材料屋を共有していました。 中世とルネサンスの芸術家は、2つの一般的な情報源から原材料を調達しました。
ひとつは、病院や診療所を運営する修道院でした。 
2番目のものは薬局でした。どちらの場合も、薬品や錬金術の知識を持つ薬剤師は、顔料、樹脂、油、軟膏、ハーブの製造や配布を主にしていました。大都市では、薬局はおそらく美術材料の主な供給源でした。フィレンツェでは、画家は医師や薬師会(Arte dei Medici e Speziali)の組合の下に置かれました。
ティツィアーノはまた、ヴェネツィアのサン・サルヴァトーレ広場で薬草から顔料を購入したと言われていましたが、1800年代初めにも、歴史的な顔料を販売していた薬局がありました。さらに、ダヴィンチやヴァンダイクのような偉大な画家たちは、時代の偉大な錬金術師たちと友好していました。ヴァイオリン製作者はニスの製造のためのアプローチにおいて、画家や錬金術師に似ていたのでしょうか。クレモナの修道士Arisi(ストラディヴァリの良き友人)の執筆のヒントがありました「クレモナには、私の親しい友人のAntonio Stradivariもいます。これは、あらゆる種類の楽器の優れたメーカーです。彼の長所について特別な言い方をするのは間違ってはいません。彼の名声は、最高の品質の比類のない楽器製作家です。彼は小さな人物、花、果物、アラベスク、美しい飾りの優雅な中間で豊かな装飾が施された素晴らしい美しさを数多く作ってきました。
すべての飾りは完全に描かれています。時には、黒や象牙で黒やインレイを塗ります。彼らは最高の技術をもって実行し、提示されることを目指している崇高な人物にふさわしいものです。
だから私は、彼が楽しんでいる高い評価と普遍的な賞賛の証言で、この偉大な師匠の作品について言及すると、それは適切だと思っています。」
Arisiがヴァイオリン、木材、またはニスを具体的に言及していないことは残念です。巨匠は、錬金術師や木工労働者としてではなく、画家 装飾師としての技術で知られていました。
ストラディバリはおそらく、その時代の画家のようなニスを製造していた薬剤師、錬金術士の技術的助けを求めていた可能性があります。我々は、微小な鉱物粒子を誰が製造したのかは不明ですが、おそらく薬局でも販売されていました。
最近の奨学金は、イタリアの多くの北部の画家が油彩やニスを含む職人用品を専門とする16-17世紀の色材業者(vendecolori)から顔料を購入したことを明らかにしています。ヴェンデコロリは、ギルド制度の下で薬草を非公式に細分したものであり、彼らの事業は、18世紀に一般薬局に復帰しました。その後は、色材業者を特定の区別なしに薬師会とみなします。
最後の2世紀にわたり、ストラディヴァリによって採用されたものを魔法のように発見することを期待して、驚くほど多くの研究が古いニスの処方になっています。現代の科学では、何が仕上げになったのかをより明確に把握できるようになったので、これらの古い処方を見直して、どの処方が一番適しているかを調べることができます。 残念ながら、私が遭遇した歴史的な処方のどれもがストラディヴァリによって使用される塗料システムに似ていません。
彼の色のニスは、樹脂質の媒体で油絵に似ているかもしれませんが、地面は独特であるように見えます。 皮肉なことに、クレモナニスの処方の歴史的起源についての私の検索は、私が以下で説明するように、その出生よりもその死亡についてもっと教えてくれました。
クレモネーゼの終焉。
1750年以降、イタリアのヴァイオリンでアルコールニスによるオイルニスの一般的な転換は大きな謎です。1800年までに移行が完了したように見えました。なぜヴァイオリンメーカーがこのスイッチを作ったのかを理解するためには、彼らの周りで起こっていたことの歴史的な状況を調べることが重要です。 私の意見では、3つの外部要因を真剣に考慮する必要があります。
最初に、クレモナの最後の偉大な製作家(Carlo Bergonzi、1682-1747)が死んだとき、硬化性オイルニスはその町で時代遅れになっていました。第二に、これは孤立した事件ではありませんでしたが、ヨーロッパ全体では硬化性オイルニスは18世紀後半にアルコールとエッセンシャルオイルのニスに取って代わられました。最後に、それは樹脂性乾性油とそれを作るための成分の商業的供給に大きな影響を与えたでしょう。(註15) 
ミラノのBiblioteca Trivulzianaには、1747年のクレモナのニスに関する文書があります。 匿名の著者は、クレモナの紳士であると考えられています。これは、ニス作りのアマチュア愛好家です。その時代の類似の原稿や書籍から判断すると、ニス作りは多くの深刻なアマチュアの間で人気の趣味でした。 明らかに、クレモナ塗料の消失は、ニス塗りの一般的な関心の欠如によるものではありませんでした。クレモナは小さな町だったので、作者がグァルネリやストラディヴァリに会った可能性は非常に高いです。
意外なことに、この紳士はクレモナ塗料に似た処方を記録しませんでした。
代わりに、彼は中国ニス(vernis de la Chine)に夢中でした。アルコールに溶解した樹脂(主にサンダラックとセラック)をベースにした、16種類の処方が中国ニスに与えられました。 3つの他の処方では、溶媒としてテレピン油を使用しました。
トータル45種類のニス処方の中で、コーパルの溶剤として亜麻仁油を挙げたのはたった1種類で、トルコニス(vernice turchesa)と呼ばれていました。クレモナの知識豊かな塗料愛好家が、自分の町の伝説的な策定に気付かないのは皮肉なことです。硬化性オイルニスは、実際には中世の時代にさかのぼるヨーロッパの伝統的なニスでありましたが、彼にはそれは外国のものでした。クレモナのヴァイオリンニスの彼の過失は、この古い工芸品の急速な低下と樹脂の乾性油の放棄に対する鮮明な証拠でした。当時のヨーロッパ全域で塗装業界で何が起こっていたのかを調べれば、容易に理解できます。
註15) コーパルのマルタンニスやキャビネットのオイルニスは20世紀の二次大戦の前ころまで大量に作られました。その工業製法は"The Manufacture of Varnishes and Kindred Industries Based on and Drying Oil and Varnishes" Ach.Livache 1904年に紹介されています。
オイルニスの需要が絵画と楽器から馬車(自動車)家具、建築の方面に移って工業化されました。原料も松脂からコーパルにシフトしたに過ぎません。

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(7)

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー - ブルース・H・タイ氏(7)
パラダイムシフト(価値観の転換)
このレビューのパートIでは、ストラディバリの木材仕上げに関する「伝統的な材料のパラダイム」と考えられるものを述べました。
最近の化学分析データの出現で、これらの世紀の古いアイデアはしばしばマークを逃しているようです。
伝統的な信念は、クレモナ色のニスが油性樹脂メディウムに基づいていたということでした。メディウムがアルコールやエッセンシャルオイルベースであると主張して意見を異にした人も多くいました。彼らは、オイルニスはアルコールに溶けないが、クレモナニスは溶解することを観察してました。私はこの明らかなパラドックスは、何百年もの間ニスフィルムで化学変化(主に酸化)が起こり続けることがわかったときに解決できると思います。(註12)メリーフィルドは、古い油絵を復元した19世紀のイタリアの画家が、アルコールは古い油絵を分解するが新しいものは分解しないと述べた。今日までに分析された古典的なイタリア仕上げのほとんどすべてにおいて、乾燥オイルと樹脂の肯定的な認識から、硬化性オイルニスが標準的な実践であると結論づけることができます。
ストラディヴァリの塗料の驚異的な特性を説明するために、古くからの(そして現代の)理論では、外来物質をバインダーや着色剤として使用することが示唆されています。現代の化学分析では、その時代の職人や芸術家が使用した標準的な材料だけでは、エキゾチックな成分は確認されませんでした(表1)。 実際、クレモナ塗料 - マスティック、ロジン、ヴェネチア・テレピンでこれまでに同定された樹脂は、伝統的ではありませんでした。 彼らはすべて、8世紀のルッカの原稿に記録されているヨーロッパで発見されたオイルニスの最も古い処方に登場しました。
亜麻仁油4部、テルペン樹脂2、ガルバナム2、カラマツ樹脂3、フランキンセンス3、ミルラ3、マスチック3、ベロニツァ[アンバー、コパル、またはサンダラックを意味する可能性がある]着色された表面に塗布するためのニスを形成する。 1、チェリーツリーガム2、フロアパプリflore puppli(註13) 1、アーモンドツリーガム2、モミ樹脂2。
伝統的な意見によると、ミネラル粒子はカラーニスの主要成分であるとは考えられていませんでした。電子顕微鏡を使用して、Nagyvaryは、光学顕微鏡下では基本的に見えない、多くのサブマイクロメーター粒子を含むストラディヴァリニスを示しました。彼らがどのようにそこに着いたかは魅力的な質問です。この結果を確認するために追加の高分解能SEM試験を行わなければ、高い粒子状の含有量がストラディヴァリニスの典型であるかどうかはわかりません。オイルニス中の不活性鉱物粒子の存在は、故意または偶然である可能性がある。例えば、チェニーニは、防水コーティングを作るために、液状のニス(vernice liquida、不特定の油 - 樹脂混合物)に刻んだ煉瓦を加えることを推奨しました。(註14)
それは、粘土含有量の高い土の顔料が使用される場合にも起こり得ます。ストラディヴァリの場合、電子顕微鏡写真は、注意深く調製された鉱物粒子を明瞭に示し、故意に導入されました。
伝統的な信条は、グラウンドが有機物のフィルムであるということですが、現代の研究では、ミネラルパウダーと有機バインダーの複合体であることが時々分かりました。これは単純な有機塗料よりはるかに難しいでしょう。ストラディバリのグラウンドは、オイルメディウムに類似したマイクロメーターサイズの無色の粒子で満たされていました。このような粒子をはっきりと観察するためには、電子顕微鏡が必要です(図1および図3)。 このような粒子は、おそらく曇りを引き起こすのに十分な光を散乱させないが、いくらかの輝きを加えるには十分です。安易なニスに微小な粒子を入れることでミクロスケールの亀裂が発生する可能性があることも提起されています。 興味深いことに、最近の実験では、ヴァイオリン仕上げの亀裂がノイズの低域フィルタとして作用する可能性があることが示されました。
下地の有機的な組成についての長年の混乱は、未解決のままです。 主な技術的課題は、バインダーの不溶性であり、その耐久性に対する証拠であるだけでなく、分析化学者の障害でもある。 顕微鏡下で検査すると、不溶性の粉砕断片はリノキシン粒子(亜麻仁油または同様の油の重合固体)の外観を有し、その不溶性はおそらくアンバー樹脂の添加を示唆している可能性があります化石化された化石樹脂であるアンバーは、もっとも硬く、最も耐久性のあるニス樹脂であると考えられています。リノキシンの溶解性を減少させる他の方法は、タンパク質または炭水化物を添加してエマルションを形成することを含むことができます。
下地の乾性油の間接的な証拠は、Aの色塗料および地肌の元素分析から得られました。
グァルネリのチェロ(約1670年)。2つは匹敵する量の鉛を持っていますが、色ニスはより多くの鉄を持っています。高い鉄含量は、鉄の土壌顔料の使用を暗示しています。鉛プロファイルは、鉛乾燥剤を有する乾燥油がカラーニスおよび下地の両方でバインダーとして役立ったことを意味しています。
先に議論したように、最近の研究はまたクレモナの楽器の下地にタンパク質が存在することを示唆しています。タンパク質や不活性な鉱物粒子のコーティングを施した木材表面を平滑化することは、エジプト人の古代の考えであり、実際にイタリア人は、コラーゲングルー溶液と硫酸カルシウムまたは炭酸カルシウムの混合物です。水がジェッソコーティングから蒸発すると、光を散乱して白っぽい外観を作り、木目をマスキングする小さな気孔を残します。この「ホワイティング」効果はもちろん、ヴァイオリンにとっては望ましくないことです。最近の研究では、オイルニスが塗布される前にイタリア製のリュートがジェッソの塗布が示されています。
ジェッソ下地の透明性は、タンパク質(卵または膠)または炭水化物を油と混合して、初期のテンペラ画によっておそらく発見されたエマルジョン媒体を形成することによって改善することができます。ローリー(Laurie)は、いくつかの古い絵画で油と混ざったジェッソを観察しました。ヴァイオリンのエマルション・グラウンドの考え方は、アマティ試料でタンパク質を検出したCondax によって最初に提案されました。
伝統的な見解では、オイルニスおよびタンパク質(接着剤)コーティングが別々の副層にあると考えられていましたが、最近の分析結果はエマルジョンメディウムの可能性を示唆しています。さらにこれを調べるには、同じ副層からタンパク質と油を検出できる分析ツールが必要です。
第二に、乾燥油、樹脂、鉱物、およびタンパク質の混合物は、その調製および施用中に複雑な化学変化を受け、その物理的特性を予測することが困難であす。エマルジョンメディウムは油絵ではしばしば使用されていないが、Laurieは古い文献でその使用を説明しています。彼の実験では、Laurieは、亜麻仁油、卵黄、およびヴェネチア・テレピンのエマルジョンメディウムと顔料を混合しました。
最初の混合物は不透明ですが、乾燥すると透明で美しくなります。 現代の画家の中には、水の蒸発が空気を通過させるために、エマルジョンメディウムが均一かつ迅速に乾燥するという利点があると考えています。表面から始めるだけでなく、フィルム全体で亜麻仁油を重合させることができます。 VSA論文の最近の号では、Harris、Sheldon、Johnston は、古いヴァイオリンに微粒子を含む乳剤を使用する可能性を研究しました。 著者らは、エマルション粒子の粉砕物の望ましい特性の1つは、木細孔への浸透がないことであると結論付けました。興味深いことに、Meyer は、クレモナの下地がヴェネツィア地方のように木の細孔に浸透したり埋まったりしていないことに気づきました。
わかるように、クレモナの塗料の構成に関する伝統的な意見は、しばしば現代科学の精査に耐えられません。
化学分析の進歩により、私たちは大きな進歩を遂げました。私たちの理解にはまだ数多くの重要なギャップがありますが、近い将来にはさらに大きなブレークスルーが予想されます。結局のところ、これは材料科学の急速な進歩の時代です。おそらく最も大きな障害は、研究者が資金と本物のサンプルを見つけることです。クレモナ塗料げの調査は考古学的な努力であるため、ある意味では決して完了できません。これまでに再発見したことは、すでに2つの点で有用です。実際のレベルでは、現代のヴァイオリンメーカーが、古い仕上がりを再現したり、より良いものを作り出そうとする意思決定を下すのに役立ちます。好奇心レベルでは、コーティングシステムがどのように生まれて失われたかの手がかりを提供することができます。
確かに、私は美術材料やヴァイオリン製作の専門家ではありません。以下は、私がこの主題への私の取り組みにおいて学んだことを反映しています。または、むしろ、彼らは読者の娯楽のためにここに提示されたヴァイオリンの仕上げの歴史に関する私の個人的な想いです。
註12) 古くなったテレピン油は酸化しエーテルとなります。よってアルコールに溶けます。エージド・テレピンと呼びます。実際にクレモナの製作家の間では古くなったオイルニスはアルコールに溶けることを知っていました。
註13) flore puppli不明物質
註14)Materials for a history of oil painting Eastlake, Charles Lock, Sir, 1793-1865"に見られる。


ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー ブルース・H・タイ氏(6)

ストラディバリのニス:科学的知見のレビュー ブルース・H・タイ氏(6)
ダイクロイック効果(二色性)
上記の議論から、クレモナ塗料の色の理解は完全ではないことは明らかです。さらに、ストラディヴァリのニスは二色性であるとよく言われています。マイケルマンは、この色の現象についての優れた説明を提供しました。メイプルバックの穀粒のバンドに垂直に、2つの異なる方向から領域を見ることによって、ダイクロイック効果がバイオリンやビオラやチェロで観察されます。観察されるバンドの色の違いは、見る方向が変わるにつれて見られる。たとえば、オレンジ色の領域は、視線の方向が変わると茶色の赤色に変わることがあります。
マイケルマンは、二色性の影響にはしばしば深さの錯覚が付随するとコメントしています。彼が正しく指摘したように、二色性のこの使用法は、物理学および光学におけるその技術的定義と一致していません。私は、適切な科学用語はゴニオクロミズムであると考えています。これは文字通り、異なる視野角/照明角度から生じる色の変化を意味します。(註11 )
ゴニオクロミズムは、適切な光学機器(ゴニオフォトメーター)で測定することができますが、私はストラディバリ機器で行われたそのような測定を認識していません。自然のオブジェクトで観察されるゴニオクロミズム現象は、オブジェクトと基本的な光学原理に応じて、真珠光沢、真珠光沢、またはシャトヤンス(キャッツアイ効果)と呼ばれることがあります。
石鹸の泡の真珠光沢と真珠の真珠光沢は、光の干渉に起因する構造色です。木目仕上げが干渉色を生成する規則構造を所有することはほとんど想像もつきません。小さな鉱物粒子は散乱パターン(分散)にある程度の波長依存性を示すかもしれないが、見かけの色変化を引き起こすにはおそらく不十分です。マイケルマンの実験によると、ガラス板に塗布された有色無色のウッドフィニッシュ(塗料)は二色性を示さない。彼は、二色性は木材仕上げの本質的な性質ではなく、木材との相互作用の結果であると信じていました。私の意見では、ヴァイオリンの裏板の二色性効果は、木工職人がキャッツアイ効果と呼ぶものに似ているかもしれません。フランス語で「猫の目のような」を意味する"Chatoyance"は、宝石類(猫目石、虎目石、鷹目石)、絹の布、そしていくつかの森、特に縮毛の種類で見ることができます。基本的な光学原理は、一群の平行ファイバによるある方向の光の選択反射です。 Chatoyantの宝石は様々な色と輝きの波打ったバンドを示し、これらのバンドは鉱物が回っているときに動き、深みの錯覚を作り出します。
シルクの衣服の特徴的な光沢は、不均一な反射の結果でもあります。
ウッドワーカーは長い間、カワイイメープルを含む多くの種類のチャイヤーズ・ウッドに精通しています。 彼らはまた、表面の平滑化や透明なニスや木材の汚れの適用など、木片にキャッツアイ効果をもたらすさまざまな技法を開発しています。どのくらいキャッツアイ効果できるかは、特定の科学的原則ではなく経験的経験に基づいて、木工技能の一部です。
ストラディバリのメープルが異例のキャッツアイ効果を示していることが本当であれば、それは2つのことを暗示するかもしれません。
まず、彼のウッド仕上げは特にキャッツアイ効果を引き出すのに適しています。あるいは、彼のメープルは、木材の選択または特別な木材処理のために、通常のトーンウッドメープルとは本質的に異なる性質を有しています。
特定された物質の概要
表1では、クレモナ塗料と他の古典的なイタリアの木材仕上げで説得力のある物質が簡単に参照できるようにまとめられています。このリストは決して包括的でも決定的でもなく、引用された研究の解釈による影響を受けます。クレモナ塗料の化学分析は進行中の作業であり、多くの明らかな課題があります。今まで分析された少数のサンプルは、様々なメーカー、期間、地域の伝統の間の類似点や相違点について結論を下すことを困難にしています。真正性、磨耗、汚染などの問題も、分析結果の妥当性を損なう可能性があります。化学的に類似した物質は容易に区別できない場合があり、どのように天然物質を採取し、処理し、混合し、適用したかの詳細はほとんど入手不可能です。多層木材仕上げにおける各材料の空間分布は、ほとんどの場合、不明確です。現在の化学分析における否定的な結果は、特に有機物質の場合、物質が存在しないことを証明していません。すでに確認されている無機物の中には、豊富さが不十分で機能が不明である場合にはリストアップされていないものがあります。
例えば、マイケルマンは時折古いクレモナ塗料と非クレモナ塗料でホウ素、錫、銅、銀を検出しました(参考文献にまとめられています)。彼らが混乱しているのか、故意に追加されたのかを判断することは困難です。クレモナ塗料の私達の理解は、科学が進歩するにつれて改善することに拘束されます。したがって、表1は、「再発見された」クレモナ塗料成分の書架目録の作業草案であり、処方コレクションの一種ではありません。
まとめ
表1はクレモナ塗料の再生された、しかし不完全な、成分リストと考えられるものを提供していますが、これらの物質が実際の塗料システムにどのように適合するかを知りたいと思います。これを達成するには、化学物質の同定と空間情報の両方を提供できる分析方法が必要です。この方向へのいくつかの進展について議論してきたが、まだ多くのことが残っています。近年、Echardと共同研究者らは、複数の分析手法を組み合わせて、この方向に頭を揃えています。 7つのストラディバリ楽器の分析を表2に要約します。
7つの楽器すべてにすべての分析方法が適用されているわけではないことを指摘する必要があります。したがって、有機物はストラディヴァリの"Longuet"では掲載されていませんが、有機物の不在ではなく実験の不在を表しています。表2のデータについてすぐに目立っているのは、異質性です。
研究者は一般的に1で最も古い木材の仕上げを決定することができます。同定方法:AAA、アミノ酸分析; AES、原子発光分光法。 BXF、バルク試料の蛍光X線; GC、ガスクロマトグラフィー; GCMS、質量分析に連結されたガスクロマトグラフィー; IR、赤外分光法; LM、光学顕微鏡; MC、マイクロ化学試験; PXF、粒子のX線蛍光; RS、ラマン分光; RBS、ラザフォード後方散乱; X線回折、X線回折。
2.上付き文字は、これらの研究者によって発表された研究に対する科学的な参考文献を示しています。(省略)[Sacconi ,Nagyvary,Echard, ,White, Condax,von Bohlen,Schmidt,Baese ,Michelman,Staat,Tove ,Meyer,Barlow,Woodhouse,Caruso, ,Chiavari,Pollens,Greiner.詳細は原文を参照してください。]
3.他の場所に移住したグアルネリの家族を含む、クレモナの巨匠たちの弦楽器(1550-1760)で特定しました。
4.クレモナ以外のイタリアのが弦楽器(1500-1800)で特定しましました。
可変組成の材料の場合、近似値またはRIの範囲が与えられる。 複数のRIを有する結晶については、平均値が与えられます。RI値はいくつかの参考文献から集められている。 木材のRIは1.53-1.58です。
様々な検査方法を使用しているため、元の色ニスまたは木材仕上げのすべてを失っている可能性があります。もう一つの可能性はストラディヴァリの塗料方法がサッコーニの示唆するように、実際にはかなり可変であったことです。
サッコーニは、厚さが「単なるベールに似ている点でさえも減少している」ストラディヴァリ塗料について言及した。ストラディヴァリ塗料の層序についての詳細なデータは明確ではなく、木材表面がどのように調製されたかについてのより良い知識と、利用可能な成分リストからストラディヴァリ塗料手順を科学的に再構築するか、物理的、化学的、および音響的特性を説明することは困難です。
サッコーニは、カラーニスと木材との間のコーティングを “wood preparation”と呼びました。彼は、「木材への浸透力が強く、木材と調合物の合体と組み合わせが可能である」と述べ、「高い表面張力毛穴を埋めると止めるための準備が必要でした」。木材調合物には2つの成分があるようです。第1成分は木質繊維に吸収され、第2成分は細胞および孔の上にコーティングを形成しました。これら2つの要素の関係を知らなくて、「木材調合」の特性に関する彼のコメントを解釈することは困難です。第2の成分は、電子顕微鏡で観察されたミネラルグラウンドと一致するようです。
我々は、もし存在したとしても、最初の成分が、乾燥プロセス中に木材繊維に染み込んだ砕いた媒体から生じたものかどうかはわかりません。他の研究者は、粒子状の粉砕前に別個の透明なコーティングを施してもよいことを提案しており、この場合、それはシーラーと呼ばれることがあります。
5つの異なるストラディバリ楽器を比較した包括的な調査が最近実施されました。
エチャードと共同研究者でこれらは、4つのバイオリン(1692年頃の一台、1708年の Davidoff、1716年のProvigny、1724年のSarasate)、ビオラ・ダモーレ(約1720年)。それらの木材仕上げを調査するために使用された技術は、シンクロトロンビームライン、ラマン共焦点分光法、SEM / EDXRF、UV /可視顕微鏡法、および熱分解-GC / MSを使用するフーリエ変換IR分光法を含んでいた。彼らはUV /可視顕微鏡を用いてニス/木材の断面を調べ、2つの主要な層を見出しました。下層はスプルースに10〜30μm、メイプルに30〜100μm浸透し、木の上にはほとんど浮かびませんでした。上層は着色され、いくつかの赤色顔料(酸化鉄およびコチニールレーキ)が同定されました。
両方の層は主に有機物であり(鉱物粒子で満たされていない)、IR分光法によって明らかにされた乾燥油を主に含みます。タンパク質、ワックス、炭水化物は検出できませんでしたが、少量の存在は除外できませんでした。樹脂成分は上層で検出可能であり、GC / MSはPinaceaeマツ科のジテルペン樹脂であるようでした。
エチャード(Echard)らによる最新の研究の最大の驚きはミネラル粉砕物がないことでした。この研究だけに基づいて、ストラディヴァリは乾燥油の層を単に地面に塗布したようです。しかし、これは単純すぎる解釈かもしれません。まず、分析では、少量のタンパク質、炭水化物、または琥珀が添加されている可能性は排除されませんでした。第2に、2008年にBarlow が最近発表した別の電子顕微鏡写真を指摘したいと思います(図3)。それは明らかに木材(メープル)上のミネラルグラウンドのストラディヴァリのアプリケーションを示しています。これは、図1に示されているもの、すなわちアンドレア・グァルネリに非常に類似しています。グァルネリはスプルースの上にミネラルグラウンドを施しました。
クレモナ塗料の製造業者がミネラルグラウンドを採取したという追加の証拠は、この記事の第1部で議論されました。ミネラルグラウンドに関する不一致はこの時点では簡単には説明できません。 多分異なる楽器は単に異なる木材仕上げを受けただけかもしれません。 エチャード(Echard)らによって分析されたストラディバリは 1世紀以上にわたってCite de la musiqueに属し、共通の歴史を共有していますが、彼らは過去に同様に再ニスされたことは想像もできません。ミネラルグラウンドはすでに失われている間に、木材に浸透している下層コーティングが元のシーラーになることはありますか? 明らかに、グラウンド下地を囲む多くの疑問やクレモナ塗料製造者が使用する可能性のあるシーラー塗料を明らかにするためには、さらなる研究が必要です。
註11 )玉虫型の構造色


前の10件 | -